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たゆたうのおはなし

たゆたうの朗読ライブで読まれるお話たち。
いずれ絵本になる予定です。
絵:にしもとひろこ・話:イガキアキコ

story01:理由

僕は 僕の家の前に居て、 今まさにその中に入ろうとしている。
ドアノブに手をかけ、静かに、または 勢いよく 手前に引けばよい。

しかし 僕は迷っている。
かれこれ3時間、こうしてドアの前に立ったままである。

昨晩、僕は友人宅に泊まっていた。
酒を飲み 雑談をし 寝た。

朝起きると、友人が2人になっていた。
2人になっていたのは友人だけではなかった。
友人の家族も、飼っている猫も、
トイレも テレビも 部屋も 
全てが2つずつになって存在しているのだ。

寝ぼけているのかと思ったら、どうやらそうでもないらしい。
僕が蒼白になるより先に、友人の顔がみるみる真っ青になった。
 ー 君、片方はどうしたんだ!!
2人の友人が同時に叫ぶ。

論じるには 僕が不利であることが明確すぎた。
僕は友人の家を出た。

街を歩く人々は、当然のように2人ずつだった。
僕はバスに乗った。
バスも当然のように2台来た。

バスに乗っている人々は、1人しかいない僕をけげんな顔で観た。
その中の何人かは、まるで親のカタキのように僕を観た。

2台のバスは2台の信号で止まった。
そういえば、飛び出して来た友人の家は2つあっただろうかと思い起こす。

現実を受け止めるには、僕はまだ 夢をみすぎていた。

量産されている物はどうなっているのだろう。
2つの工場が同じ物を2つずつ作りだしていく光景を想像した。
数えきれない多くの物たちが2乗を重ねていく。

めまいがした。

バスの停車ボタンは2つ。
ボタンを押す僕は1人なのに。

バスを降りる。
路を歩く。
路は2本ならび
街は2つになってしまい、
僕は僕の家へ帰る。

僕の家が2つ並んでいる。
「ハイツヤマグチ」
「ハイツヤマグチ」
僕は僕の「ハイツヤマグチ」だと思う方へ入る。
2つ行儀よく並ぶ階段のうち 僕の家にむかう方だと思う階段を登る。
「201」
「201」
モノたちは2乗に2乗を重ねる。
「201」「201」は2つの街の2つの「ハイツヤマグチ」にそれぞれ存在するのだろう。

僕は 独りなのに。

僕は僕の家だろうと思われるドアの前にいて 今まさにその中に入ろうとしている。 ドアノブに手をかけ、静かに、または 勢いよく 手前に引けばよい。 しかし僕はそうすることを迷っている。 そして、かれこれ3時間 こうしてドアの前に立っている。

story02:1/90

2日ぶりに吸う煙草は僕の頭を程よく白くした。
目をつぶると、母親が黄色い電球の下で内職をしている情景が思い出される。
僕には、母親などいないのに。

2日前、僕は歩道橋でたくさんの人の下敷きになった。
確か花火大会の日だったはずだ。
歩道橋で見物客の中を通り抜けようと試みたところ、人が将棋倒しになり、その下敷きになってしまったのである。

それから2日間、僕は病院で意識を失っていたらしい。
本当のところを言うと、歩道橋でのことなど何も覚えてはいないのだ。
だから、僕が下敷きになったという情報は病院の看護婦とテレビのニュースから知った。

死者10名、死傷者あわせて90名。
「90分の1」
と、声に出して言ってみる。
病院の屋上は空が開けていて、タオルやらシーツやらの嫌というほどの白がはたはたと空を泳ぐ。

この病院には、僕以外にも歩道橋での事故の被害者が数十人入院しているらしい。
中にはまだ意識不明のものもいると聞いた。
僕は2日間意識不明だったけれど、外傷はない。

僕は事故の状況を思い出そうと目をつぶる。
しかし、事故のことは一向に思い出せないのだ。

目の前に浮かぶのは、
いないはずの母親の記憶。
遊んだことの無いプール。
見たことの無い教師に体罰を受ける瞬間。
飛行機から見下ろす知らない町。
象に乗った時の振動と感触・・・

それらの全ては僕の記憶にはないはずのものなのに。
体罰をするような教師に出会ったこともないし、象どころか飛行機にだって乗ったことがない。
第一、生まれてすぐに孤児院に預けられた僕には、母親の記憶が全く無いのだ。

僕は混乱していた。
記憶喪失ならともかく、あり得ない記憶がつぎつぎとあふれだしてくる。
病院の先生に相談してみるか。
しかし記憶は見えるものではないし、精神科にまわされる可能性だってある。
青い空に消えて行く煙草の煙を見ながら、僕は僕のものでは無い記憶たちと戦う。
耳元を吹き抜ける風のひゅうひゅうという音が、僕の、僕だけの記憶をつなぎ止める唯一の感覚に思えた。

ふと背後に気配を感じて振り向くと、必要以上に笑顔の看護婦が立っていた。
「日下部さん、診察室に来て下さい。」

ひゅうひゅうという風の音は聞こえなくなっていた。

診察室に入ると、僕のものだと思われるレントゲン写真が優雅にライトアップされているのが目に入った。
肺・・・?
いや、心臓と・・・脳だ。
「日下部さん、どうですか、調子は。」
レントゲン写真を凝視する僕に、担当の医師が慎重に話しかける。
「いや、よく寝ました。身体も、どこも痛くないんですよ。本当に。」
「・・・そのようですね。外傷は無いようですし。」
「ほんというと、全く覚えてないんです。その、事故のことなんですが・・・」
「ああ・・・まあ、ほとんどの人がショックもあって細かいことは思い出せないようですし。 日下部さん、頭痛とかはありませんか?あるいは、内臓が痛むとか。」
「痛みは一切ありません。」
「そうですか・・・ふむ。」

空気のキンとした音の中、カルテの上をボールペンがさらさらと走る。
ふと、記憶のことを話してみようか。という気になった。

実は、と口を開きかけた僕より先に、担当医師が「実は。」ときりだした。
「実はね、単刀直入に言いましょう。」

と言っておいて、言葉をきる。
医者が「単刀直入に言いましょう」と言う時は大抵がとんでもないことなのだ。
つばを飲み込む僕。
時間が轟音を立ててのしかかってくる。

「とても不思議なことなんですがね、あなた、心筋梗塞から生じる、脳梗塞なんですよ。」

一時の沈黙。
情報に完全に置いてきぼりを食らっている僕に担当医師はおかまいなくさらなる情報を僕に課す。
「心原性脳梗塞というやつです。心臓ににできた血栓が、」
担当医師は言葉をいったん切って心臓のレントゲン写真を指し、続いて脳のレントゲン写真を指した。
「血流に乗って脳までいき、脳の血管を詰まらせて、脳梗塞に至ります。わかりますか、ここです。」
「・・・はぁ」
「実はあなたが2日間寝ている間に、CTとMRIの検査をさせていただきました。
単刀直入に言いましょう。」

本日2度目の「単刀直入」である。
これ以上ダイレクトに僕は切り込まれるというのか。
すでに僕の感情は状況についていけていないのだ。

担当医師もつばを飲み込み、とてもじゃないが信じられないその言葉を吐いた。
「あなたね、すでに死んでいるんですよ。」

これは何かのコントなのか。
それとも今日は4月1日なのか。
この男はいったい何者で、何が目的なのか。
頭に轟音が鳴り響いている。
僕の、僕のではない記憶がフラッシュバックする。

僕はいったい誰なんだ!

「クサカベさん! 日下部さん!」
轟音は、肩を掴まれる感覚で立ち消された。
僕は今、どんな顔をしているのだろう。

「日下部さん、私が死んでいる、と言った表現をしたのは適切でなかったかもしれない。 申し訳ない。謝ります。
しかし重要なのは、死んでいるはずの状況で、あなたが生きているということなんですよ。」

僕は段々腹が立ってきた。
「先生、僕は今すごく混乱しているんです。整理させてください。
僕は2日前、歩道橋で下敷きになった。
そして意識不明になってこの病院に運ばれた。
目が覚めたら脳梗塞で、すでに死んでいるはずで、でも生きている。」
「目が覚めたら、というのは違います。
あなたが心筋梗塞による脳梗塞の状態になったのは、事故が起こる直前のはずなのです。
正確には、事故の最中、あなたは発作を起こしていた可能性が高い。」

僕の混乱は治まらない。
だいたい、「はず」だとか「可能性が」だとか、この医者が言っていることは確実なことではないのだ。
確実なことは。
確実なことは。

僕の心臓には血栓ができて、
その血栓は血流に乗って脳まで達して、
脳の血管を詰まらせて、
身体的状況としては、僕は心原性脳梗塞で。

頭が白くなる。
見たことの無いはずの景色、
ビル、海、家族、
フラッシュバック。


「あなたの脳の血管は、血液の流れが止まったままなのです。
だからつまり、心臓も止まったままなのです。
とても信じがたいが、それでもあなたは呼吸をし、生きている。
生物学的にはあり得ないことなんですよ。」
僕は、現在の僕の意識と記憶の構築に精一杯だというのに、この男は何を言っているのか。
生物学的に?
生物学でなくても、こんなことはあり得ないのだ。

僕はできるだけ、そう、可能な限り、客観的にこの状況を乗り切ることにした。
「つまり、僕はどうしたらいいんですか。
あなたがたの研究材料になれというのなら、お断りします。
それに、この際だから精神科送りになるのを覚悟で言いますけど、 僕は目が覚めてから、僕の記憶ではないたくさんの記憶に悩まされ続けているんです。
こうしている今も!
見たことの無い景色や感覚が次々と僕を襲ってくるんです。
僕はいったいどうなってしまっているのか、どうしたらいいのか、 わかることを全部、可能な限り、教えてください。」
ああ、なにが客観的に、だ。
僕は言ってしまってから後悔した。
記憶の話など、この状況下に置いては精神科どころか、研究者としてのこの男の好奇心をそそるだけなのに。
この男の目の輝きといったら、案の定じゃないか。

「日下部さん、ここは神経内科で、難病を解明するために力を注ぐ研究者がほとんどなんです。」
「あなたもその一人なんですね。」
「その通りです。
しかしね、あなたの身体に起きていることは、難病どころか、科学では説明がつけられないことなんですよ。
実験材料になれとは言いません。
しかしあなたは選択しなければならない。
あなたの身体は脳梗塞です。もっと現実的でないことを言えば、心停止の状態なんですよ。
生物学的定義で述べるとすれば、つまるところあなたは生命体ではないのです。」
「それでも僕は生きています。身分証明だってできる。戸籍だってある。社会的には僕は生命体です。」
「ええ、そうなんです。
問題は、あなたの心臓が停止してしまっている限り、 医者として僕は日下部さんの死亡診断書を書かねばならない。ということです。」
「そんな・・・」
「現状として、あなたの選択肢は2つです。
病院に残り、脳梗塞の手術をし、心臓を再び動かすか、
このままからだに謎と疾患を持ったまま退院し、日下部という名を捨てて新しい人生を歩むか。
その場合、私は死亡診断書を書かざるを得ないことは承知していただきます。
いかがですか。
せめて、脳梗塞の手術くらいはしませんか。
記憶障害のことも、検査するうちに明らかになる可能性だってありますよ。」

僕は言葉を失った。
結局、2つの選択肢のうち、僕が社会的に生きるためには前者をとるしかないということじゃないか。


かくして、僕はこの病院に入院し、研究者たちの餌となることになったのである。
まずは脳梗塞の手術である。
僕の身体は何も循環していないので、食事を摂る必要がなかった。
その状況のデータを採るためもあり、手術は1ヶ月後に行われることとなった。
いくらすでに死んでいるからといって、いい気なものだ。
僕は僕の記憶ではない記憶を、できるだけ書き留めることにした。
記憶のことに関しては、神経内科の医師だけでなく、精神科の医師がつきそいで話をする。
興味深いことに、僕以外の事故の被害者も記憶障害が生じているらしい。
しかしそれは僕の様なものではなく、何かをひとつやふたつ、思い出せない、というようなものだった。
失われる記憶と付加される記憶。
その関係が明らかになる頃には、すでに僕の脳梗塞の手術が始まっていた。

手術の直前、廊下で一人の中年の女性に目が止まった。
僕は、その女性を見て、反射的に「母だ」と思ったのだ。
しかし、僕には母親の記憶などないはずで、その女性は、僕の中の僕の記憶ではない記憶の中の母親だったのである。

僕はとっさにその女性に声をかけてしまっていた。
女性はある病室の前にいて、今まさにその病室に入ろうとしていたところだった。
「あの、ええと、お見舞いですか?」
明らかに患者ではない彼女の服装に、僕はそう切り出した。
「え?ああ、そうです。・・・あなたは、健太のお友達ですか?」
僕は素早く病室の表札に目をやった。

村瀬徹/桜木健太/早川草太/柳田良平

「あ、いえ、柳田くんの知り合いなんです。同じ病室の。僕も入院しているんで・・・」
とっさによくわからない嘘をついてしまった。
この女性が柳田と仲がそんなによくないことを祈ったが、気にする様子もなく会話を続けた。
「そう、じゃああなたもあの事故で?」
「歩道橋の事故です。ええと、そちらも・・・?」
「そうなの。外傷は骨折くらいで済んだけど・・・あなたは?元気そうだけれど。」
まさか僕は脳梗塞で、おまけに心臓も停まってるんですと言うわけにもいかないので、
「ちょっと、記憶障害が残ってて、検査入院です。」
と言うと、彼女は突然ほろほろと泣き出した。
「健太も・・・、息子なんですけど、あの子、私のことだけ忘れてしまってるんです。」

めまいがした。
大きな、モーター音のような音が頭の中で鳴り響く。
記憶のフラッシュバック。
吐き気。

「大丈夫?」という女性の声と、
「日下部さん、時間ですよ」という看護婦の声と、
僕が倒れるのは、ほぼ同時だった。


気がつくと、僕は手術台の上に
麻酔を打たれて水揚げされたまぐろのようにぐったりと横たわっていた。

朦朧とした意識の中、僕は気づき始めていた。

あの事故の、死傷者は90名。
失われた被害者の記憶と、付加された僕の記憶。
おそらく、90名の記憶の断片を僕が受け取っているのだ。

そして、10名の死者。
あの時、あの事故の時、
発作を起こして死んでいたはずの僕の命。
心停止しているのに、生きている僕。
10名分の、寿命・・・


「オペを始めます。」
僕の、僕自身の記憶の遠いところで執刀医の声が響く。
そして、僕はすでに僕自身のものではない命の中を彷徨うのだ。

story03:ふたごができる発声法

その国の王さまは2人いました。

なぜかって
理由はかんたん
王さまはふたごだったのです。

2人の王さまはいつも同じことを考え
同じものを食べ
同じ愛を受けて育ったので
同じ女のひとをすきになりました。

けれども王さまは2人
女のひとは1人

いつでも分けっこをしてきた2人の王さまは
はじめてひとりじめをしたくなってしまったのです。

2人の王さまに愛された女のひとは
2人が自分を取り合うのを見て とても悲しくなったので
海に身を投げて 魚になってしまいました。


魚になって 遠くへ泳いで行ってしまった女のひとをみて
2人の王さまはとてもとても反省しました。

 ー僕たちがふたりだったからいけないんだ
 ー僕たちがふたりだったからいけないんだ!

 ーでもふたりいるのだから仕方がない
 ーでもふたりいるのだから仕方がない!

こうして 2人の王さまは新しい法律をつくりました。

 ーこれからこどもをつくる夫婦は全てふたごをつくるように!
 ーこれからこどもをつくる夫婦は全てふたごをつくるように!

そうすれば、2人が取り合いをすることはない。
あんなに悲しいできごとが起こることはない。

けれども、ふたごをつくろうと思っても 思う通りにつくることができないのです。
これからこどもをつくろうとしていた 国中の夫婦はみんなとても困りました。
できたこどもがふたごではなかったら、法律によってこどもを殺してつくり直さなければならないというのです。

そこで政府はすぐに「ふたご生成プロジェクトチーム」を発足しました。
国中の学者という学者が集まって、毎日 毎日、頭をよせて相談をしました。
そうしてついに「ふたご生成マニュアル」が完成したのです。

その国では、こどもはみんな ぶどうの木に成るので
こどもをつくろうと思った夫婦は、
ふたりでつくった「花」をぶどうの木に持って行って
いっしょに声を出してこどもの実をつけてもらいます。

学者たちが発明した方法は、「花」をぶどうの木につける時に
「もおう」を出すという方法でした。

「花」をつくった夫婦とぶどうの木は
「もおう」という声を出してこどもの実をつくるのです。

学者たちの実験によると、
「にゃあ」ではみつごが
「めえ」ではよつごができてしまいました。

国中の夫婦たちとぶどうの木は
今までの「どうもどうも」という声を出すのをやめて
新しい発声法をはじめました。
こどもをつくるのを止めていた、たくさんの夫婦たちがいっせいにぶどうの木におしよせたので
ぶどうの木は大忙しです。

やがてぶどうの木にはたくさんのふたごの実ができました。
国中の夫婦は大よろこび。
2人の王さまも大よろこび。

こうしてその国はふたごでいっぱいになりました。

ただし
新しい発声法でできたふたごのうちのひとりは
かならずベーシストになったので
その国の半分はベーシストになりました。

story04:均衡

その男の子には、悩みがあった。
それは、まだ7歳だというのに髭がどんどん伸びてしまうことだ。
朝、お父さんのひげ剃りでひげを剃っても
(とはいえ、毎日その男の子が使っているので、もはやお父さんのひげ剃りというより、男の子のひげ剃りだった)
給食の時間にはもう20センチくらい伸びていて、
夕方になると、髭は地面に届いてしまうのだった。

男の子はその髭のおかげで友達ができなかった。

そんなある日、その男の子にもともだちができた。
それは、仲間からはぐれてその街に取り残されてしまったスズメバチだった。

そして、そのスズメバチにも悩みがあった。
それは、ほかのハチよりも体が大きいことだ。
少し、大きいというようなものではなく、かなり大きかった。
7歳の男の子よりも大きく、立ち上がるとだいたい180センチくらいで、そして二足歩行ができた。

仲間で移動中、街に取り残されたそのスズメバチは、他のハチと仲良くできなかった。
大きすぎて、その街の女王に挨拶ができなかったからだ。

そんなある日、そのハチにも友達ができた。
髭の男の子と、ツキノワグマだった。

そして、そのツキノワグマにも悩みがあった。
それは、クマのくせに爪が丸く、獲物を狩れないことだ。
川の魚も獲れず、森の小さな動物も狩れない。
だから、そのツキノワグマの友達のシカがいつも小さなヘビや、果物などを獲って来てはクマにおすそ分けしてくれていた。

そして、そのツキノワグマのともだちのシカにも悩みがあった。
それは、ツキノワグマはシカだと思っていたけれど、本当は角が生えたロバだということだった。
しかし、角が生えている以上ロバには見えないし、ロバの仲間には入れない。
そして足が太く、遅いので、シカの仲間にも入れなかった。
そんなシカのようなロバを、唯一ロバだと理解してくれたのが、友達のネズミだった。

そのネズミにも悩みがあった。
それは、そのネズミのしっぽが異常に長いことだった。
そのしっぽは森で一番大きな長老の木をだいたい100周くらい巻くことができた。
それくらい長かった。
あんまり長いので、ネズミの巣はしっぽでいっぱいになってしまうため、そのネズミはひとりぼっちで暮らしていた。
そして、ともだちのアリがそのネズミのために地中に深く深く穴を掘ってくれた。
ネズミはその細くて深い穴にしっぽを収めて暮らすことができたが、滅多に外に出ることはなかった。

そのネズミのしっぽの穴を掘ったアリにも悩みがあった。
それは、アリのくせに方向音痴で巣がわからず、もう3年以上巣に帰っていないことだった。

ある日、方向音痴のアリは、ぶらりと散歩にでた。
しかし方向音痴なので、ネズミのもとを出てもう5日ほどたっていた。
ふらふら歩いていると、髭で地面が見えなくなっている男の子が気づかずにそのアリを踏みつぶしてしまった。

アリが髭の男の子に踏みつぶされたことを、森の長老の木から聞いて知ったネズミは、ある晩遅く、その長いしっぽを引きずって髭の男の子の家に行き、しっぽで男の子をぐるぐる巻いて絞めてしまった。

男の子の悲報を聞いたスズメバチは、すぐさまネズミの巣へ行き、その大きく長い針でネズミを刺してしまった。

唯一の理解者であるネズミが刺される瞬間を目撃した角の生えたロバは、その角でスズメバチを突き刺してしまった。

ともだちのスズメバチが、ともだちのシカ (クマはシカだと思っていたので)
に殺されたことを知ったツキノワグマは、どうしたらいいのかわからなくなってしまった。

ツキノワグマはシカのところへ行き、復讐をするべきかを2日間話し合った。

その結果、2人はアリと髭の男の子とネズミとスズメバチの亡骸を集め、長老の木の下に地下4階建てのお墓をつくることにした。
そして、2人は死ぬまで長老の木の周りで仲良く暮らしたのだった。

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